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【正論】  感染「ゼロ」という北朝鮮の危機

モラロジー研究所教授/麗澤大学客員教授 西岡 力

 

 「国境地帯より平壌、新義州地域に天然病が広がり状態は大変深刻です。飢えて死ぬのか、天然病にかかって感染して死ぬのか、どちらか一つの絶望状態」。北朝鮮内部からのキリスト教団体に届いた手紙の一節だ。

 

なぜ感染者がいないか

 いまだに北朝鮮は武漢ウイルス感染者は一人もいないと言い続けているが、2月から肺炎で急死する患者が多数出ている。当局の指令で死因は「インフルエンザ」「急性肺炎」などとされ、コロナ感染ではないかなどと質問すると国家保衛省の取り締まりを受ける。肺炎で死亡した場合、遺体を病院が責任を持って火葬せよとの指令が下りていたが、死者が多いので無縁故者以外は家族に火葬させることになったという。

 最近、患部や新興富裕層は高価な軽油を負担して火葬するが庶民は土葬を続けていた。2月からは当局が肺炎死亡者の火葬を義務づけ費用はとっていない。火葬場はもともと少なく、多数の遺体が持ち込まれて混乱が起きている。平壌でも死者が出ている。党と治安機関の幹部200人がコロナで死亡したという驚くべき情報を入手した。3月上旬にドイツ、フランス、スイスなど6カ国が大使館業務を停止して職員が退避した。

 金正恩委員長は行事のあるとき以外平壌を離れ、日本海側の都市にある豪華別荘を転々としている。できる限り人と会わず、書面で決済しているという。在韓米軍司令官によると、感染のため北朝鮮軍は30日間、活動を停止し、航空機も24日間飛ばなかった。

 

命綱の外貨も枯渇して

 一般住民らは熱と咳が出て病院に行っても、風やインフルエンザの処方箋をもらうだけで満足な治療は受けられない。病院に医薬品がないから、自分たちで市場に行って買うしかない。もともと栄養失調で寒い冬に満足な暖房もないから、肺炎にかかればすぐ悪化する。

 大量餓死の兆候もでてきた。2月に入り、主食の米とトウモロコシの市場での価格が30%上がった。(平壌で1キロの米4,500ウォンが5,800ウォン、トウモロコシ1,100ウォンが1,500ウォン)。一部では150%から200%上がったところもある。すぐ、人民保安省(一般警察)と国家保衛省が価格統制に乗り出した。その結果、商人らは売り惜しみに走り、一部の金持ちは裏から手を回して投機的な買い占めを行っている。

 少し金を持っている世帯では一番値段が安い秋に、米やトウモロコシを1年分買っておくのだが低所得層はそれができず、その日その日に商売などで日銭を稼ぎ市場で食べ物を買って糊口を凌いできた。ところが、中国からモノが一切入らなくなり、日銭が稼げなくなった。そのため最下層の人間から餓死者が出始めている。

 関係者周知のように2017年に日米が主導して国連安全保障理事会でかけた経済制裁はかつてない厳しいものだった。金正恩氏が独裁政権維持と贅沢な暮らしを維持するために必要な統治資金の外貨が枯渇し始め、命綱が中国からの観光客が落とす外貨だった。そこで各地に観光施設を新設する工事をなけなしの外貨を使って行っていた。韓国の文在寅政権も韓国人の個別観光を許可するという方針を明らかにしていた。それらが全てだめになった。

 1990年代後半、一般住民らへの主食の配給が止まり300万人以上が餓死する悲劇があった。北朝鮮ではその時期を「苦難の行軍」と呼んでいる。その後、住民らは市場で商売をして食べていたが、その商売が不振になり再度「苦難の行軍」が来るかもしれない。「あの時は党を信じて皆が死んでいったが、今度は黙っては死なない」と住民らは語っている。

 

独裁者守るため事態悪化

 幹部らの忠誠心は地に落ちている。すでに昨年から党、軍、治安機関の幹部らや炭鉱など必要産業にだけ行われていた配給が急速に悪化していた。金正恩暗殺未遂事件などが何回も起き、最高幹部らが次々に粛清された。今回のコロナによる国家存亡の危機がきて、幹部らも「あの若い2人(金正恩と与正)のために国が滅びる」とささやき合っている。

 ウイルス蔓延による死者発生、市場の商売ができなくなったことによる餓死発生、これらの危機は、金正恩氏の政策決定の間違いによってもたらされたものだ。独裁政権は独裁者を守るためにかならずウソをつく。そのウソを維持するために新しいウソをつく。独裁者が一度命じた命令を覆せないのでどんどん事態が悪化する。

 独裁者金正恩の健康を守るため人民の生活を顧みず国境封鎖したが、この世の楽園であると宣伝してきた北朝鮮の病院の惨状を国際社会に知られて金正恩の名誉が傷つけられるのを恐れていまだに患者は出ていないとウソをついて、受けられるはずの国際医療支援を自ら否定している。北朝鮮内部と連絡を取っている友人らは、今の危機はこれまでとは質が違う、このままでは体制中枢部で何かが起きかねないと語っている。

 

(2020.3.26)

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