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【News113】北送60年の悲劇 第2部 ~北送在日同胞、日本人妻の悲惨な生活 昨日も、今日も、明日も続く~ 北送在日同胞協会会長 李泰炅 

 一行は到着の翌日12月13日、朝鮮総連に北送の責任を問う抗議行動を行い、14日には新潟港に向かった。新潟港から北送され北で命を失った同胞たちを弔い、供養、追慕する行事に参加するためだった。(編集部) 

 

朝鮮総連中央本部で北朝鮮の容貌を見た 

 13日の午前、デモ申告を受けた警察は、約30人規模で警備ラインを張り、私たち一行20人を制御した。日本の「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」、「北朝鮮難民救援基金」、「No Fence」そして「カオリマル」、「コリア先進化連帯」、「ウリ共和党」、「北送在日同胞協会」など各団体会員たちが、5人1組となって閉じられた朝鮮総連本部正門前で順番に糾弾デモをした。

 

 堅く閉じられた正門は世界を無視し、ただ「党の唯一思想体系」という名目で核とミサイル、独裁体制で王の権力の座だけに固執する金父子を象徴するように、傲慢感があふれていた。

 

体格の良い警察官が正門左右をきめこまかく警備している。 「私たちを制止しようとするのか?それとも労働党の手先である朝鮮総連幹部の出入りを止めようとするのか?」突然怒りが生じた。

 

日本の警察は北朝鮮労働党の下手人である朝鮮総連を制止すべきであり、自由民主と人権守護に努力する私たちを制止するとは話にもならない。

 

しかし私たち20人は秩序を守り、60年の積もりに積もった北送在日同胞の気持ちを込めて鬱憤を晴らし、北朝鮮の独裁と人権蹂躪の反省、核とミサイル中止と朝鮮労働党の指示拒否を要求した。

 

風雨激しく、天が怨恨をふいた。声楽家の田月仙さんと行動をともに 

 新潟駅で雨粒が冬コートを濡らした。私たち15人は在日同胞二世で声楽家の田月仙さんからの連絡を受け、新潟港中央埠頭まで4台のタクシーに分乗して3時半頃に到着した。田月仙さんが中央埠頭正門を閉じようとしていた警備員に立入を懇請して下さったおかげで立入りを許された。彼女は、4人の兄全員が北送されて「南朝鮮のスパイ」の罪名で燿徳収容所に収監され、永久に容赦できない北朝鮮体制への怨恨を歌で訴える有名な声楽家だ。

 

 朝には日本の北脱出者団体である「モドゥモイジャ(皆集まろう)」が、昼には日本の「移民政策研究所(旧脱北帰国者支援機構)」が、午後には私たちが追慕会をした。より大きく、さらに広く一つにまとまって北送在日同胞の悲劇的な声を世の中に知らせたかったが、互いの目的が異なり、一緒にできなくなったのが惜しかった。

 私たちが到着すると天から水をはき出すような雨粒が強風に巻かれて顔を殴った。垂れ幕は帆船の帆のように翻った。垂れ幕を掴んでいた手は、寒さ、強風、雨粒で震えた。私たちは挑戦するように吹き付ける雨風を無視して海に向かい合った。

 

 北送在日僑胞一世の金幸一、金春植理事、朴ソヨン会員は強風に向かい、60年の記憶を振り返り全身で悲劇を雨風と青黒い波に訴えた。追慕曲を歌ったヒョン・ジョンヒ画伯の髪の毛は烽火のように翻り、顔は雨と涙で濡れ、北送の悲惨さを歌いあげた。献花した白菊は震えながら黒い波間に吸い込まれ、北送在日同胞の魂にきっと届いただろう。※3

 

 展望台に上がった私たちは愛国歌(韓国国歌)を歌い、「在日同胞北送の悲劇60周年」ピナリ(在日北送僑胞の魂と生きておられる方々の将来を祈願する詩。キム・ソクキュ作詩)を朗読した。

60年前の悲劇の始まりと新潟の海と空も忘れられず、嵐のような荒々しい波に北送在日同胞の怨恨を重ねて号泣した。

 

紆余曲折を経て韓日の努力で連帯が実を結ぶ 

 半年間の「北送60年」行事準備過程には数多くの紆余曲折があったが、カオリマルのキム・ソクキュ代表と先進化連帯の孫光柱理事長は確信と勇断で最後まで協議し、物心両面で導いてくれた。

 

 そして日本の「帰国者の生命と人権を守る会」佐伯浩明会長様と木下副会長様、「北朝鮮難民救援基金」加藤博理事長と川﨑孝雄事務局長、「No Fence」小川晴久代表と宋允復副代表は、私たちとの約束を守って積極的に連帯活動して下さり、多くの成果を上げることができた。

 

 新潟追慕行事での三団体の声は同じだった。しかし、本質が違って個別追慕となったのが残念だった。利益追求とか、自らの名を宣伝する目的であれば絶対に連帯できないということが北送60年行事で得た経験だった。幸いにも日本の三団体とは目的が同じだし、今まで重ねてきた親しい関係があって北送60年行事を成功裏に終えることができた要因ではないのかと思う。

 

母国である日本と韓国に帰郷する願いは当然 

 今後は「日本人妻自由往来実現運動の会」とは同じ目的を有していると考えているので、一緒に協力したい。日本人妻を故郷へ送り返さなければならないのは当然のことであり、北送在日同胞もやはり母国である日本と故郷である韓国に帰郷するのは当然なことだ。

 

金日成親子に続き、孫の代になった今でも、自由はみな奪われて見かけ倒しの「首領の恩恵」「主体思想」の鎖に縛られて苦しんだ60年の日々を考えれば、死んで粉になっても忘れることはできない。

北朝鮮の数万個の金日成、金正日の銅像と、金正恩独裁の下で人権という中身はみな奪われて殻だけ残り、苦しみながら生存している1万~1万5千人の北送在日同胞たちと北送日本人妻、そして数多くの北送在日同胞二世の自由往来と無事帰郷のため、人間の良心を持っている全ての世界の人々は、私たちの活動を応援して後援してくれることを心より望む。

 

北送在日同胞協会名誉会長金幸一氏の話 

 私は62年に脱北した在日同胞1号脱北者として、60年代には北送阻止のために活動をした。しかし北送反対のために役不足だったので北送は84年まで続いた。

 

 今は、北送在日同胞の人権を取り戻すための活動に参加している。今回の北送60年行事は、私が係わった行事の中でも短期間に多くの成果を出さなければならない行事であり、大変な毎日だった。大変だっただけに成果が大きくて心が満たされた。北送60年、北送在日同胞の悲劇を知らせて一日も早く北朝鮮の弾圧と人権蹂躪から解放するために残った余生を尽くします。

 

北送在日同胞協会理事金春植氏の話 

 北朝鮮で生きた45年余りの奴隷のような生活が恨めしいことこの上ない。

 

日本の首都東京の真ん中に朝鮮総連建物が高くそびえたっているのを見て腹が立った。今でも北朝鮮の三代世襲王朝を良く知らずに騙されているようだ。一日も早く力を合わせて、自由民主主義の東京にある北朝鮮世襲王朝の労働党の連中を無くさなければならない。

 

新潟港で呪わしい昔の思い出が蘇り涙が出た。北朝鮮の偽善者たちに騙されて新潟港を離れ、地獄の地に北送された過ぎた日を考えると朝鮮総連への憎しみと呪いを感じた。再びこのような歴史的悲劇がないよう、取るに足らない人生だが世界平和と祖国統一のためにこの身を捧げたい。

 

北送在日同胞協会会員の朴ソヨンさんの話

 私は北朝鮮と朝鮮総連の詐欺で北送された日本人妻の子供で、怨恨が積もる北朝鮮で、忘れることのできない差別生活を送りました。飢えに勝てずに亡くなった日本人妻とその子供たちの自由帰還のために努力する日本のNGO団体に何と感謝してよいか分かりません。ありがとうございます。

 

 民団は、何も知らずに北送された私たちのために初めから努力して下さった有難い存在だと知るようになりました。朝鮮総連本部の前では亡くなったご両親の解けない怨恨をはらすように声を限りに叫びました。

 

 彼らは多くの北送在日同胞を死に追い込んだ悪人であり、天は彼らを決して許さないことを信じて糾弾しました。新潟港では亡くなったお母さんを慕い、北に残っている日本人妻たちと彼女たちの帰郷のために努力するということを誓いました。「ピナリ」の詩が私たちの心を代わって表現してくれました。今回の行事を準備して下さった皆様に感謝申し上げます。

 

記録 2020年1月9日

 

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