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書評 北朝鮮に拉致された男 李在根著 河出書房新社 松浦 清

 去る9月の日朝首脳会談で、北朝鮮の金正日総書記は日本人拉致を認め、10月17日、5名の拉致被害者が帰国した。10月20日現在、被害者の記者会見や故郷での歓迎の様子など様々な報道が続いているが、本書は同じく1970年に北朝鮮に拉致され、30年をへて脱出、韓国帰国に成功した韓国人漁師、李在根氏の体験記だ。

 工作員教官としての生活を送って来たであろう日本人拉致被害者と、「思想的に問題がある」として対南工作ではなく労働者として生活して来た李氏とは状況は異なるが、本書は拉致事件の被害者として、また、国内での人権弾圧の有り様や、脱北難民としての苦難を含めた貴重な証言となっている。

 李氏は1970年4月、漁船ポンサン号船員27名と共に、北朝鮮の警備艇に海上で拿捕、拉致される。北朝鮮側は、船長に、スパイ行為を行っていたことを認めよと迫るが、船長は断固として応じず、これが船員たちの命を救うことになったという(認めれば強制収容所に送られた危険性が高い)。李氏らは対南工作員としての教育を無理やり受けさせられることになる。

 中央政治学校(現在の金正日政治軍事大学)にて氏が受けた工作員訓練の記述は生々しい迫力で読者に迫る。日課として約

 12キロの道程を、25キログラムの砂嚢を背負い、両足に5キログラムの重りをつけて、約2時間で走らなければならない。射撃、無線、水泳、格闘訓練などの厳しさは言うまでもない。「地形学訓練」と題されたプログラムでは、地図に記された村に接近し、気づかれずに村の幹部の家に侵入(付け加えておくと、カギ開け訓練というものもあり、1時間以内に手持ちの道具でカギを開けなければならない)、茶碗やサジの数から、家族の人数まで把握して戻る訓練を行う。

 映画「シュリ」のようなかっこいいものではないが、このような訓練こそが工作員には必要なのだろう。

 この訓練中、李氏は同じく韓国から拉致されて来た女性と出会い、恋に落ちる。彼女の父は朝鮮戦争時に韓国側で戦い、停戦後北朝鮮軍に銃殺された。この「反動分子の娘」と李氏との出会い、そして引き裂かれて行く過程は、本書でも最も哀しいエピソードだ。朝鮮戦争と分断国家の悲劇を、この女性は一身に背負わされ、歴史の闇の中に消えて行った。

 李氏が語る北朝鮮の飢餓と抑圧の実状は、実体験からほとばしる思いと共に重く私たち読者に響く。飢えた民衆に、さらに食料を国家に「上納」せよと迫る政府。餓死者続出で埋葬用の棺桶すらもなく、むき出しの家族の遺体をリヤカーで運ぶ人達。病気の父親のために何とか暖房用の薪を集めようとし、疲れ果てて家にたどり着く寸前で雪の中で凍死した女性。薬品もない病院での麻酔なしの治療。 各国からの食糧援助をいったん民衆に分配したふりをし、後に巻き上げる地方幹部。このような悲劇の最中、ついに李氏は豆満河をわたっての北朝鮮脱出に成功する。

 しかし、それから韓国へたどり着くまでも、多くの北朝鮮難民と同じく苦難の道程だった。危険を冒してたどり着いた韓国領事館は、言を左右してなかなか氏の帰国を受け入れてくれない。中国国内で保護してくれている義理の親族との様々な軋轢。そして、韓国への密航を行おうとして接触した業者の無慈悲な対応。しかし2000年4月、北朝鮮を脱出してから2年目にして、ついに李氏は救われることになる。韓国のジャーナリストや救援団体、拉致被害者家族会らと中国で出会い、金大中大統領宛の請願書をしたため、ついに韓国帰国に成功する。拉致問題で日本中が沸き立っている中、問題の理解のためにもぜひご一読をお奨めしたい人間ドキュメントである。

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